久保田しおんさん × 三井グループ 座談会基礎科学の魅力は
「ハテナの元」を解き明かすロマン
三井グループ350周年記念事業のひとつとして、2023年度よりスタートした「三井みらいチャレンジャーズオーディション」。700名超の応募者から3次にわたる審査を経て、3部門各10名の最終通過者が決定。今回、最終通過者の中から、ニュートリノ物理学者で、人類の未来や繁栄に不可欠なものとして「基礎科学」の社会への浸透に取り組んでいる久保田しおんさんを招き、三井グループ各社の理系女性社員と「基礎科学」やそれぞれの研究への想いについて熱く語ってもらいました。

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菅谷 紗里さん
東レ株式会社
先端材料研究所 -
細谷 渚さん
株式会社IHI
技術開発本部 技術基盤センター
物理・化学技術部 -
畠山 遼子さん
株式会社東芝
研究開発センター 知能化システム研究所システムAIラボラトリー -
久保田 しおんさん
ハーバード大学及び マンチェスター大学 ニュートリノを研究し、アメリカの検出施設DUNE(デューン)で研究に従事 -
荒井 みゆきさん
三井不動産株式会社 広報部
350周年記念事業実行委員会
広報・情報発信事務局チームリーダー
ファシリテーター
- 応用科学に対して、基礎科学の魅力とは?
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荒井:皆さんが携わっている科学には基礎科学と応用科学がありますが、この2つはどこで線引きするのでしょうか。これについて、ぜひ久保田さんにご説明いただけませんか。
久保田:はっきりと線引きはできないと思っていますが、定義としては、身の回りのものに実用化できるのが応用科学で、基礎科学は真理の探求を目的としたものとされています。例えば宇宙科学や宇宙物理学は、もともとは基礎科学と言われていました。かつて、人類が地球を飛び出すなんて思いもよらなかった頃、「もし宇宙で活動したらどんなことが起きるんだろう」と思いを馳せて、いわば真理を探求した結果、生まれたものだったんです。でも、近年は人が月や火星に住むことが具現化されつつあり、実際にそこに取り組むベンチャー企業などもあって、宇宙物理学は応用科学に入りはじめています。
荒井:久保田さんが研究しているのは基礎科学になると思いますが、皆さんにとって基礎科学の魅力とは何ですか?
久保田:それは永遠にしゃべっちゃうかも(笑)。現在、イノベーションと呼ばれるものは「問題解決指向型」で、「この問題に対してはこうアプローチする」というテンプレートがたくさんあり、その中から使えそうな技術を探してくる、というカタチです。でも昔はテンプレートなどはなく、解決策や技術は突飛な発想とか思いもよらないことから生まれました。そのベースが基礎科学の分野であり、それを積み重ねたものが現在のテンプレートになっています。その意味で基礎科学は現在のイノベーションにとって重要な「土壌」である点が魅力です。
また、突飛な発想の背景には、好奇心とか「不思議だな」という思いがあります。こうした思いは終わりがなくて、何かがわかると、それをベースに新たな疑問が生まれる。そんな「ハテナの元」を、一途に探究し続けるというロマンも、基礎科学の大きな魅力だと思います。
細谷:例えば、なぜ花火にはいろいろな色があるのかと疑問に思ったとき、化学の炎色反応を知っていれば簡単に理解できるんです。「?」と感じるブラックボックスも、その要素は基礎科学で、学校で習うような知識でも解いていける。基礎科学は、世の中を面白く見るとか、何にでも興味を持つうえでのピースになるものだと思います。だから私は理系科目が好きでした。
菅谷:人って生まれながらにして、世界を理解することに喜びを感じると思うんです。というのも、私の子どもがまだ乳児だった頃に、物を落とすだけで「不思議~」「ボールが落ちてる!」みたいに感動するんです。そうした感動が基礎科学。魅力ある基礎科学が今後も発展していくことに期待しています。
畠山:私も久保田さんの話に共感するところがあって、応用科学はブロックを組み上げるような、論理的というか、手続き的な印象があります。でも基礎科学は、ベースには膨大な知識とか思考があるものの、単にそれらを積み重ねるだけではダメで、それらに基づく研究者の直感とか論理の飛躍みたいなものがあって初めてできあがる。そこに惹かれるんです。あと、基礎となる理論が抽象的かつ普遍的で、そんなロマンがあるのが基礎科学の魅力だと思います。

- 基礎科学の発展のために取り組んでいることは?
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荒井:では、次に、皆さんの業務や自社において、基礎科学の発展に関する取り組みをしていることがあれば、お聞かせください。
畠山:企業の研究開発は基礎科学とつながりあると言いつつも、やはり応用科学なので、基礎科学の貢献に関することはほぼしていないと思います。ただ、東芝では大学と共同研究もやっていますし、そうした連携を歓迎しています。また東芝研究開発センターでは10%までの範囲なら何を研究しても良いという制度があって、その制度を利用して基礎科学など好きな勉強をしています。
菅谷:東レでも「アングラ研究」が認められていて、中でも基礎科学には大いに取り組んで良いよ、みたいな風潮があるんです。実際、「深は新なり」という研究者・技術者のDNAが受け継がれていて、これは「深く掘っていけば、新しいことにつながる」という意味。また、博士課程の学生の方を多く採用していますが、これも基礎科学の支援につながると思います。
久保田:アメリカだと、物理学の大学を卒業した人たちは、アマゾンやフェイスブックをはじめ大企業からの引く手も数多で、お金を稼げるから安心している感じがあるのですが、日本だと博士課程に行った後の就職が大変という話も耳にします。その問題は、最近は解決されたのですか?
細谷:IHIも博士の学生はウエルカムです。社会人になってから博士号を取得している同僚も多く、博士課程の人材登用には積極的だと思います。
荒井:久保田さんは、基礎科学の発展について、取り組みまくっているという感じだと思いますが(笑)、具体例などがあればお聞かせいただけますか。
久保田:基礎科学は、人がいてお金がつけば自然に発展します。私の場合は自分の研究をやれば、そのまま基礎科学の発展に貢献することになります。研究を人一倍頑張ることも大切ですが、「人とお金」を確保するための活動も大事だと思っていて、そのためにYouTube動画や対談番組に出るといった活動をしています。また基礎科学への興味や感動を持ってもらうには、実際に実験に触れるとか、巨大な研究施設を体験してもらうことも大切なので、そうした機会や施設をもっとアクセシブルにしたいと思っています。

- 業務や研究のやりがいは?
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荒井:皆さんの現在の担当業務に対する想いや、やりがいについてお聞かせいただけますか。
畠山:私は、自分が研究している内容が製品に搭載されると、社会とのつながりが持てているなぁと実感できて、それがやりがいのひとつになっています。会社の研究所はみんな似たようなバックグランドで、話も通じやすいのですが、研究所外にはいろんなバックグランドの人がいて、うまく伝わらないことも結構あって、そこを理解してもらえるようにすることも、大変でありつつ、面白いですね。
菅谷:私も畠山さんと同じで、会社にいるといろんな考え方や立場の方がいて、最初は話が通じないけれど、次第にわかり合えて、最後には「みんなで良いものを作ろう」という連携ができていくのが、会社での働きがいになっています。現在は医療機器を作っているのですが、患者さんが治験品を使っている間、ずっと緊張しっぱなしです。また、早く回復すると「人の役に立てるんだ」と感動を覚えますし、今後も「命を救う」をテーマに研究に従事していきたいと思っています。
久保田:やりがいとして「人」という言葉が出るなんて、とても素敵ですね。私も、研究グループには何千人ものメンバーがいますが、やりがいはニュートリノのこととか、いわば物理学的な真理を追究することで、最初に「人とつながる」ということが思い浮かびませんでした。お二人とも、人間として充実されていて、すごく良いなと感じます。
細谷:私は、学生時代、自分が研究している内容が何に役立つのかわからなくてモヤモヤしていたんです。でも就職したら「その技術はこれに使うんだよ」というように明確な行き先があるので、それが大きなモチベーションになっています。また、ある製品の開発のために掘り下げた知識やメカニズムを他の製品に展開していくのも面白いです。だから私も、どちらかというと、純粋に技術開発を楽しんでいます。

- 今後の目標やビジョンについて
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荒井:最後に、皆さんの目標や将来ビジョンをお伺いできますか。
畠山:私は会社に入ってから今の分野を始めたこともあって、基礎的な理論の知識が不足しているので、そこを埋めていきたいと思っています。それによって、さらに良い研究ができると良いなと思っています。
菅谷:会社の技術・環境を活用して、今後も人の役に立ちたいです。会社の志が「素材には、社会を変える力がある。」という壮大なものなのですが、私もいつか社会を変えられるように頑張りたいと思います。
細谷:ひとつの分野であっても、少なくとも会社で一番詳しい人になりたい、という目標があります。また、自分の研究課題だけに励んだり、今ある製品に向かっていくだけでなく、将来どのような社会になるのかを考え、そこで必要になる技術を見つけ出していく。次のステップとして、そうしたところを引っ張っていける人になりたいと思います。
久保田:やっぱり研究はずっと頑張っていきたい、というのはあります。今までは、資金を助成してくれる各財団もそうだし三井みらいチャレンジャーズオーディションもそうですけど、いろんな方が科学者の側まで歩み寄り、助けてくださったおかげでここまで来ることができました。今後は科学者の側からも「つながる」ということを意識し、分野内に閉じこもらず、外の人ともっと会話をして、お互いの役割を考えながら、基礎科学が社会にカチッとはまるような貢献ができればと思っています。企業と科学者のネットワーキングの面でも、今後に活かせるようなきっかけにしたいです。今日の座談会は良いきっかけになりそうですし、会話も楽しくて、感動でいっぱいです(笑)。

